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綿向雑感(2月)

[2016年2月1日]

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平成28年2月 綿向雑感

 今年は申年。還暦を迎えました。昭和31年1月7日雪がちらつく夕刻に家で出生。電話も車もなく自転車で下迫の産婆さんの「おはるさん」に連絡し無事にとりあげていただきました。水道もガスもなく、おくどさんで釜を炊き産湯を使いました。茅葺(かやぶき)屋根の家屋は夏は涼しいけれど冬は寒い。屋根裏のツシに割り木や柴を蓄え火鉢で暖をとっていました。

 12才の申年は昭和43年。日野西学校(現在の内池団地)へ入学。南比都佐小学校では「直広ちゃん」と呼ばれていましたが、必佐小学校の友達には「藤澤くん」。通称は「なおひろ」の「な」をとって「なべさん」「なべ」と呼ばれました。教室の暖房は豆炭を燃やすダルマストーブ。弁当箱は火鉢の入った保管庫で温めました。覚えていること、陸上部の雨天練習で、木造校舎の廊下をバタバタと走り、先生に怒られたこと。

 24才の申年は昭和55年。滋賀県庁に就職し3年。仕事は「びわこ国体」の開催準備。職場では万年筆で書類を書き計算はソロバンでした。昼休みに近江大橋までランニングをしていました。36才の申年は平成4年。県庁の職員組合の専従執行委員になり職員の労働条件改善の運動とともに「びわこ空港建設の是非を問う住民投票を求める直接請求署名」の運動にも参加しました。県の職場をまわり多くの県職員の先輩や仲間と出会えたことが今でも大きな宝になっています。

 48才の申年は平成16年。町民の皆さんと日野町の合併問題に取り組み、日野町と蒲生町の合併を白紙に戻すことを公約に選挙、町長に就任させていただきました。

 そして、今年は還暦。日野町が60周年を迎え、さらに歩みを進められることは素晴らしいこと。60年前から社会の状況は大きく変わりましたが、人々が家族や地域をこよなく愛し、まじめにコツコツと生きてきたことは今も変わりません。ふるさと日野に誇りと愛着をもって、さらに元気で温かい町、住み続けたい町、住んでみたい町をつくるために力を合わせたいと思います。

日野町長 藤澤 直広 

  日野町長 藤澤 直広 

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