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歴史の蓄積

[2007年3月1日]

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 古くからさまざまな文化を受け入れてきた日野。中世において石造品の生産地であったため、数多くの石塔が残され、現在文化財指定を受けているものだけでも30基あまりにのぼります。そのうち比都佐神社の石造宝篋印塔をはじめ、3基の石塔が国の重要文化財に指定。その技巧の素晴らしさから石造美術史の貴重な資料となっています。
 また、仏教文化が繁栄した地でもある日野町には、往時の隆盛を伝える仏像や建築物が残されています。聖徳太子の創建と伝えられる正明寺もその一つ。かつては延暦寺系の末寺として栄えていましたが、戦乱により建物を焼失し一時廃絶。江戸時代初期に、黄檗宗の寺として後水尾上皇の援助により再建されました。桃山建築の粋を集めた華麗な本堂は、京都御所内の建物を移築したもの。天台系の趣向がほどこされた本尊千手観音立像と脇侍はともに国の重要文化財に指定されています。また、竜王山麓にある西明禅寺の本尊十一面観音や繊細な文様が美しい光明院の本尊阿弥陀如来座像も国の重要文化財に指定されている貴重なもの。現在日野町全体で15体の仏像などが国の重要文化財に指定されています。
 そして絵画、これもまた美術品としてだけではなく、時代を知るための貴重な歴史文化遺産です。蒲生氏の菩提寺である信楽院に残される絹本著色涅槃図や本堂の天井に高田敬輔により描かれた、八方にらみの龍はその代表的なものです。そのほか、諦眼が描いた光明寺の八熱地獄図、念法寺の閻魔十王図、中之郷観音堂の阿弥陀如来来迎図などが、各寺の寺宝として伝え残されています。
 県や国、町の指定を受けているものばかりではなく、日野町では人々の営みを伝える文化遺産をまちの随所に見つけることができます。歴史と出会えるまち、それが日野町なのです。

比都佐神社の宝篋印塔・信楽院本堂の天井絵
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